チリの山

アクセスカウンタ

help RSS 祭について

<<   作成日時 : 2005/01/25 02:25   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0


前置きとして、言い訳として、言い逃れとして
とりあえず書いておくと、
「下記の文、いたって主観です。知識ありません、本読んでません」
・・・こほん。

無知を承知で「祭について」

我がいとしの所属団体「沖鶴エイサー会」
エイサーというのは、沖縄のお盆の習慣のひとつ、先祖を迎えるための
儀式というか踊り、という側面があります。側面と言うか前面と言うか・・。
ま、これに関しては、語ると長いので、省くとして。

沖縄に限らず、各地、どんな小さな町にも、「祭」ってものがあると思う。

その、祭について、子供の頃は屋台のたこ焼きのにおいにばかり
気をとられ、気づかなかったが、大人、というか、色事に目覚めてから
気づいたことがある。
「祭って男女の出会いの場、じゃん」ってこと。
娯楽の少なかった昔、云々をここでいう気はないけど、
遊びより、生活のための生活、の時間が多かった昔は、
出会いってものも、今ほど多くはなかったと思う。
そのなかで、「晴れの日」としての祭、
男女が生活を少しはなれて
騒ぐ日。それが、「祭」

五穀豊穣、祈願、という、表の意味の裏にある「出会いの場」としての儀式。

だからこそ、「男」「女」の役割が決められてきた。
より、男らしく、より女らしく映るように、それぞれの領分を侵さないようにされてきた。
山車に乗れるのは、男だけ、
お神酒を注げるのは女だけ、etc
ここには入れるのは男(女)だけ。

輝く男=女ができないことをやっている存在として、女の目には
普段の数倍も勇ましく、頼れる存在の男。
着飾った女=普段とは違う、美しいでたちの女。
だから、そこで、恋が生まれ、(普段は冴えない存在であろうとも)
祭の日には惹き合うことができたんじゃないかと思う。
発情日、としての祭。

いまでこそ、出会いの場としての意味はなくなったけど、
舞い踊る男を見ると、やはり、興奮を覚えるのは、そのせいもあるんじゃないかと
おもうんです。(私は女だからね)

だから、祭においての伝統的な「男」「女」の役割は
かえて欲しくないなあ、と、「エイサー」全般に思う。
運のよいことに、我が所属団体は基本的に、伝統の役割を
守っている(会長の主義)。だから好きだ。
男女平等と叫ばれ、なんだか平等と、役割分担ってのが
ごちゃ混ぜに解釈されてきているけれど
やはり、欲情する演舞であるために、太鼓は殿方に限ります!
ポニーテール(死後か?)ぶんぶんの女の太鼓は、
性転換手術に失敗した人を見てるようで、しょぼんとしてしまう。
年食った「女形」の演技のようでもある。
(気持ち悪いってだれか言ってやれよ!どう見ても、おっさんだろうが!ていう感じ)


団体それぞれの主義はあるから、外に向かってとやかく言わないけれど、
太鼓は男だ!祭はエロスだ!
と思う。

誤解のないように、書いておかなければ・・
このブログ、メンバーも見るかもしれないんだもんな。
所属団体のメンズ諸君、安心してくれ、
言うほど、ギラギラの目でみてないし欲情もしてない!からね。
ほんとに、ほんと。
団体最高齢のおばさんは、温かく見守っているのでありますよ!

テーマ

注目テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
祭について チリの山/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]